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2: :2015/08/17(月) 04:40:37.66 ID:
思い出話をしようと思う。
もう8年も前の話になるのだが、当時32歳だった僕と8歳年下の女の子だった彼女の物語だ。

タイトルではキャッチーさを求めて「チャットナンパ」と書いたけれど、そもそもはそんなつもりではなかった。
「エキサイト」というサイトを知っているだろうか? 今では翻訳サービスが有名だが、10年以上前には出会えるサイトとして有名だった。
僕が彼女と知り合った当時にはすでに廃れかかっていたサイトではあった。「出会える」という口コミがあだとなって援助交際の温床となったため
出会い系サービスは利用しにくくなっていたからだ。
とはいえ、マイクロソフトのチャットサービスも滅んでいたこともあり、エキサイトが提供するチャットサービスはまだ根強い人気があった。
僕は暇になるとそこに出没していたのだが、彼女と最初に知り合ったチャットルームが何のテーマだったかも今ではよく覚えていない。
3: :2015/08/17(月) 04:42:51.66 ID:
40のおっさんがこんな朝早くから何言ってんの

4: :2015/08/17(月) 04:49:18.19 ID:
相手の性別もあまり気にすることなく、漠然と年下の話友達の悩みを聞くようになっていた。
僕の何をどう気に入ったものか、相手は僕になつき、いつしかチャットを開けば相手のIDを探すようになった。
僕には10歳年の離れた弟がいてとても可愛がっていたのだが、そのくらいの年頃の男の子だろうと思っていた。
チャット上で彼女はつねに少年っぽい男言葉で文を書いていたからだ。

最初に相手のことを認識してから三ヶ月くらいだったろうか、ときどき相手の性別が女性ではないかと思うことがあった。
だが、特に追及しないでいた。彼女の悩み事は親のことや仕事先の上司のことなどだったと思う。
話がどう転んでそうなったのかも思い出せないのだが、唐突に彼女が「私は美人だ」と言い始めた。
食いついたら負けだ、と思ったので気のない様子を貫いたら相手がムキになった。
「証拠を見せる」と言い出して、以前に教え合ったまま使ったこともなかったメールドレスに画像付きメールを送信してきた。

大して期待もせずに添付ファイルを開いてみた。
長澤まさみにちょっと似た、確かに可愛い女の子の写真だった。
5: :2015/08/17(月) 04:50:53.82 ID:
>>3
おはようございます。書きたい物が他にあるんだけど、それまでのつなぎです。
訓練として書いてます。
7: :2015/08/17(月) 04:57:52.25 ID:
その後もしばらく、僕は特に態度を変えないように気をつけていた。
なんとはなしに、試されているように感じたからだ。
何かを期待しなかったと言えば嘘になるが、その段階で彼女と自分がどうこうなるとはあまり考えていなかった。
彼女は自分のIDを女性名に変更して、チャットの口調もいつのまにか少し変わっていた。
「ネカマという奴かな?」ということは少し疑ったが、それなら最初のうちに女性を装うだろうと考えた。
男一人をつり上げるために三ヶ月も男を装って潜伏する必要性も合理性も見当たらない気がした。

仕事が終わればダラダラとチャットをする関係が続いた。一日の終わりに「おやすみ」を言い合う相手がいるのは悪くなかった。
あるときまた唐突に彼女が「旅行に行きたい」と言い出したので、「北海道に来てみたら?」と言ってみた。
その段階では、すでに僕の中に明確な下心があったように思う。
8: :2015/08/17(月) 05:10:36.94 ID:
彼女が北海道にやってきた。
共に過ごした小旅行の二晩目に、小樽の小綺麗なホテルで僕たちはセックスをした。
男性経験が無いということはチャットで言っていた。事実かどうかは判断しようがなかったが、多分事実なのだろうと思う。
「……イったの?」と彼女は小さな声でたずねた。
「うん。気持ちよかったよ」と答えておいたが、実はイケ無かった。
初めてのセックスの間、彼女は終始不審そうな様子だった。耳年増な少女だった彼女が育ててきたであろう甘美な妄想と、
目の前にいる貧相な男によって与えられた現実との間に、何かのギャップがあったのではないかと想像した。
なんだか少し申し訳ない気もした。

翌朝の彼女は妙に明るくなっていて、心なしかはしゃいでいた。その日はちょうど小樽潮祭りの日だった。
楽しがる彼女はとてもかわいらしく見えた。
三泊目には千歳空港の近くの街に宿を取っておいた。早朝に彼女に別れを告げて出勤するつもりだった。
その晩に彼女が小さな声で「帰りたくない」と言ったので、僕は彼女を愛せる気がした。
朝の五時にそっと起き出すと、彼女はこちらに背を向けてまだ眠っていた。あるいは眠っているふりをしていた。
「また会える?」とメモを残し、そっと部屋を後にした。
9: :2015/08/17(月) 05:14:15.39 ID:
一応、見とるよ
10: :2015/08/17(月) 05:20:43.35 ID:
彼女が帰った後も、チャットで交流する関係は続いていた。
「付き合おう」とか「付き合って」とか、そういう契約みたいな言葉を交わしたことはなかった。
彼女が切実に仕事を辞めたいと訴えるので「辞めたらいいじゃない」と言った。
「上司に言いたいけど勇気が出ない」というので、僕は東京に行き、彼女に付き添うことにした。
あわよくば、仕事を失った彼女を北海道に引き寄せて、結婚するというビジョンも浮かんでいた。

羽田から彼女の住む街へは2時間かかって、退勤ラッシュに引っかかったこともあってうんざりした。
彼女が暮らすアパートは小さくて暗く、とても寂しそうに見えたのだが、
「ロフトがお気に入り」だと聞いていたので、彼女の城についてネガティブな批評を僕は控えた。
踏めばカンカンと鳴る鉄階段と、入り口の前に置かれた洗濯機のことは記憶にある。
(こんな小さな部屋にも、東京にはエアコンが付いているんだな)と思ったことも覚えている。
その晩に僕たちは三度目のセックスをした。翌日は彼女の職場に向かうことになっていた。
11: :2015/08/17(月) 05:22:07.63 ID:
>>9
おはようございます。
12: :2015/08/17(月) 05:36:28.01 ID:
彼女の職場へは、電車を乗り継いで1時間くらいだったろうか。あるいは順調にいけばもっと早かったのかも知れない。
緊張からか彼女が吐き気を訴えたので、僕らは途中で列車を降りた。
数日間の無断欠勤の後でようやく「辞めさせて貰います。明日辞職手続きに行きます」と電話させたのだったが、約束の時刻には間に合いそうもなかった。
青白い顔をしている彼女になんとかダイヤルだけしてくれるように言って、携帯電話を受け取った僕が代わりに上司と話をした。
「――さんの友人で――と言います。会社にうかがう途中でしたが、人混みに酔ってしまいまして。少し休ませてから向かいますので遅れます。申し訳ありません」
電話口に出た上司という人は、彼女から常日頃聞かされていた暴君とはイメージが異なる声色だった。ひと言で言うなら、常識人である。
まあ、薄々そうだろうとは思っていた。
この頃にはすでに彼女に被害妄想癖があることを理解していたからだ。
上司は特別に人間が出来ている人ではないのかも知れないが、さりとて、さほど酷い人とも思われなかった。
仕事の出来ない部下を何とか善導しようと、叱りつけたり説教したりもしたのだろう。
それは管理職としては仕事であり義務であり、何も趣味で彼女を虐めていたわけではあるまいと思った。

電話口で何度か彼女に成り代わって謝罪した。彼女はいくぶん回復した物のまだ青白い顔のまま、不思議そうに僕を見ていた。
「……どうしてあなたが謝るの?」
と、小さな声で言った。なんだか責められているような気がして釈然としなかった。
(この状況下で、誰かが彼に謝るべきではないかと思ったからだよ!)
(誰かさんの代わりに手間を割いているのに、その言いぐさはないだろ)
というようなことを同時に思ったけれど、口には出さなかった。

のちに彼女は、このときの僕が相手の見えない電話に向かって何度も頭を下げていたのが可笑しかったと言って笑ったものだ。
13: :2015/08/17(月) 05:42:04.07 ID:
1時間だけでも寝たいんだが、気になって寝れん・・・
14: :2015/08/17(月) 05:45:08.92 ID:
>>13
どうぞ、寝て下さい。筆者は10時から仕事なので、遅くても9時には出発します。
一度旧スレでアップした内容をなぞるものなのですが、オール書き直しです。書きためなし。
旧スレより分量多めになっております。ちなみに旧スレでは100レスくらいで終わりましたが
このペースだと200くらいになりそう。どのみち今日には終わらないです。
20: :2015/08/17(月) 06:48:22.90 ID:
化粧をしたときの彼女は見違えるように美しかったけれど、実は僕はすっぴんの彼女の方が好きだった。
彼女は丸顔なほうで、強いて言えば長澤まさみに似ていたと思うのだが、それは化粧バージョンの時の話だ。
化粧っ気もなく細いメタルフレームのメガネをかけていたときの彼女は、テレビタレントで言えば光浦靖子に似ていた。
本人にそれを言うと怒るのが楽しくて、彼女の機嫌が良いときにはしばしば
「三浦さんですか? ファンです!」と言って彼女をからかったものだ。
彼女は不眠症の頭痛持ちで、しばしば僕は彼女の頭をあぐらの上に抱えて、頭頂部からこめかみ、耳の周り、耳の下から首や肩までを
念入りにマッサージした。彼女はそれをとても喜んでいたし、二人の間のスキンシップはセックスよりもよほど絆が深まった気がした。
彼女はちょくちょく意地悪くニヤニヤしながら「セックスよりも気持ちいい」と言った。
そのたびに僕は憮然として「そりゃどうも」などと言うしかなかった。
21: :2015/08/17(月) 06:59:20.55 ID:
会社を辞めて一ヶ月位したころ、彼女はレンタルビデオ店でアルバイトを始めた。
そこの店長が格好良いという話を、彼女は何度も書いた。そのたびに僕は気のない感じで返事をした。
もしかして嫉妬させようとしているのかな? とも思ったけれど、そういうそぶりをみせるのは癪だった。
「いいんじゃないの? 付き合っちゃえば?」と思ってもいないことをよく書いた。
「だって、店長奥さんいるし」
「略奪愛! 略奪愛!」
「……いいかも。――の魅力で店長落ちるかしら?」
「大丈夫っすよ、光浦さん!」
「殺す!」
そんな他愛のないやりとりを毎日のようにしていた。

チャットでのやりとりを始めてから半年くらい経過した秋に、僕は再び東京を訪れた。
22: :2015/08/17(月) 07:11:47.35 ID:
会って何をすると言うのでもなかったが、マッサージとセックスをした。
創価大学そばの美術館に出かけて、ナポレオン展を二人で見た。
アルバイトに出かけるという彼女を見送って、一人で留守番をすることになった。
「何をして待っていればいい?」と尋ねると「ガラスの仮面でも読んでて」と言われた。
彼女が帰ってくるまでの6時間あまり、実際にガラスの仮面を読み続けていたら呆れられた。
それから、疲れて帰ってきた彼女をマッサージして、その夜もセックスをした。
27: :2015/08/17(月) 17:07:03.73 ID:
彼女が僕を本格的に浸食し始めたのは秋になってからだ。
彼女がいわゆるメンヘラであることは、この頃にはすでに良く分かっていた。
いや、良く分かったつもりになっていたというのが正確だろうか。

ある日彼女が携帯に何通かのメールを送ってきた。「これから死ぬ」という主旨だ。
まさか本気ではないだろうと思った。
ただ「死んだら死んだで仕方がない」と酷薄に切り捨てられない程度には、僕はすでに彼女を愛していたのだと思う。
どうせ狂言だろうと思いつつ、どのようにして良いか分からず、彼女の住む街の消防署に電話をしてしまった。
思い返すとバカなことをしたものだと思う。消防職員の日常がいかに忙しいかくらいは知っているはずなのに。
とりみだした愚かな男の電話に、職員の人はこれ以上ないくらい親切に応対してくれた。
「まず彼女さんに電話をして話してみて下さい。一時の気の迷いが言わせたことかも知れません。本当に緊急事態なら出動もできます」

それが、仕事中のことだった。職場の女性上司に事情を話して時間を貰った。
彼女に電話をした。消防署に電話をしたということを言うと、
「ハァ!? バカじゃないの? なんでそんな恥ずかしいことするの?」とキレ気味に呆れられた。
自分でも消防署に電話をしたのはバカだったと思ったが、君にそんなことを言われる筋合いはない。

何を言い返して良いのかも分からず、無言で電話を切って着信拒否をした。
上司に平謝りをして仕事に戻った。上司には以前、精神を病んでいる女性と交際を考えていることを相談していた。
男性的な顔立ちで性格も男前の、当時45歳くらいの看護師さんだった。
僕が当時仕事をしていた部署は自衛隊の医務室で、上司は看護官。看護師かつ自衛隊の士官でもある。
「まあ、いろいろあるだろうけどね。そういう女の子と付き合うのはなまなかじゃないよ」と上司は笑って言った。

医療事務の仕事は、やはりというか当然というか、あまりはかどらなかった。
28: :2015/08/17(月) 17:09:40.07 ID:
統合失調症の人が他人を振り回す様を外から見れば「邪悪」と形容するしかないと思う。
誰かを意図的に苦しめるつもりでもなく、彼らはごくナチュラルにそれを行う。
悪気があってするわけではないのだと思う。だからこそ、なおのことタチが悪い。

愚かしくも雄々しくも、この頃の僕は、世間と折り合いの悪い彼女を自分が守るのだと思っていた。
守るべき相手に後ろから切りつけられても、世間と彼女の両方から叩かれても、自分はその義務を果たせるものだと思っていた。
結論から言えば、僕はそれほど賢くも強くもなく、優しくもなく責任感にも乏しかった。

彼女のメンヘラを僕は愛して、同じ理由で彼女から逃げ出した。良くも悪くも彼女は変わらなかった。
身勝手に彼女に手を出し、飽きて、嫌になって、面倒になったと捨て去ったのは僕の方だった。
交際期間の後半になると半ば意図的に、半ばは気が抜けて、彼女の前で唾棄すべき男を演じることになるのだが、
この頃の僕にはまだ気概というか、彼女の前で良い男を演じようという気構えがあった。
29: :2015/08/17(月) 17:11:05.82 ID:
消防署に電話をかけたその日、僕はチャットに出かけないつもりだった。携帯のメールも腹立ち紛れにブロックしていた。
女々しくも、ブロックをしていないエキサイトメール(PCメール)の方を覗いてみたりした。謝罪のメールは無かった。

僕はチャットルームを開いた。僕のIDを感知した彼女がメッセージを送信してきた。
<2時間待ってた>
そのメッセージだけで、今日のことは許せる気がした。
<ごめんなさいは?>送信。
<謝ったら負けだと思っている>受信
僕は苦笑した。
30: :2015/08/17(月) 17:12:35.78 ID:
彼女は教育大学卒の24歳で、三人姉妹の真ん中で、統合失調症持ちだった。
両親に虐待を受けて育ったと言った。

長女である姉は頭の回転が速くて自立していて、父母との距離の取り方が上手だという。
末っ子である妹は生まれた時から可愛がられて、父から暴力を受けたことが無いはずだという。

父親が何かで腹を立てるとき、当たるのは決まって彼女だったらしい。殴られたりタバコの火を押しつけられたと言った。
そして、彼女がより憎んでいたのは暴力の当事者だった父親よりも、むしろ見て見ぬふりをしていたという母親だった。

「母親を殺したい」というのが彼女の口癖だった。
初めて聞いたときはギョッとしたものだったが、あまりにも何度も繰り返すので、そのうち聞き慣れて聞き飽きた。
本気じゃない相手に「アイスクリーム食べたいから買ってきて」って言われたのと同じようにしか感じなくなった。
31: :2015/08/17(月) 17:13:58.86 ID:
冬から春にかけて一悶着あって、なし崩し的に僕たちは半同棲のような関係になっていた。
端的に説明すると、父の許可を得て彼女を実家に住まわせていたのだ。
「同棲」でないのは、僕がまだ営外居住の許可を得ていない自衛隊員だったからで、僕の戸籍上の住所は自衛隊の駐屯地になっていた。
この頃の僕は彼女との結婚を真剣に考えていた。

ただ、彼女がうちの家に転がり込むにいたる経緯は、妹や叔母たちを納得させるに至るものではなく、
そもそもなれそめがネット上であるというのも、快く理解されるものではなかった。

その頃はまだ父の母である僕の祖母が生きていたから、叔母たちがよくうちに遊びに来ていた。
叔母や妹たちが心ないとは思わない。非常識だったのは僕たちの方だったから。
とはいえ、興味本位で口さがなく騒ぎ立てて彼女の心を傷つけてくれたことは、今でも少し恨みに思っている。

愚かなのは僕自身で、彼女のためにアパートの一部屋でも借りてやるくらいの甲斐性を発揮すれば、
まだしも結果は違っていたのかも知れないと思うのだけれど。
32: :2015/08/17(月) 17:14:48.42 ID:
アパートを借りなかった理由の最大は節約のためだった。彼女の度重なる引っ越しで、僕はすでに50万円を出費していた。
ことの次第を話すと少し長くなる。

例によって彼女は本気ではなかったようだが、夜中に唐突に電話をかけてきたことがあった。
最初の年度の終わり、僕が宿直で駐屯地の医務室に一人で寝泊まりしていた時だ。

電話口で「別れたい」と彼女は言った。
半年も毎日のようにチャットで交流していても、何度かセックスを繰り返してもなお、僕には彼女が自分を愛しているという確信がなかった。
もう少し醒めた自信家であっても良かったような気がする。
ここで我ながら疑問なのだが「別れたい」と言われてショックを受けたからには、どこかで「付き合う」ということを確認し合ったはずなのだが
いつ二人が正式に「付き合う」ことになったのかがさっぱり思い出せない。
チャットやメールで僕が告白したという記憶もないし、相手からされたという記憶もない。

ただ、この冬のうちに二人の間に「我々は交際中である」という暗黙の了解が出来ていたのだと思う。
そのくせして、僕には自信がなかった。
低身長で容姿の冴えない32歳の自衛官で、収入が安定している意外に取り柄というものがない。
おまけに、この時期は仕事上の将来についても思い悩んだりしていた時期だった。
彼女は若く美しく、いささか心を病んでいるとは言っても、魅力的な女性だと思えた。

どうなのだろう。強がりでも勘違いでも「俺に付いてこい」とか言えたら良かったのだろうか?

「別れたいというのは本気なの?」と、とりあえず聞いてみた。
「本気って?」
「いや……。前にも本気じゃないのに死にたいって言われたから。消防署に電話をさ」
余計なことを言ったせいで逆走させたのかも知れないが、
「本気だよ」と彼女は言った。
「なんで? 別れたくないよ」と何度か言ったが、彼女はかたくなに「別れる」と繰り返した。
仕方なく、了承して電話を切った。それから少し泣いた。
34: :2015/08/17(月) 17:18:09.39 ID:
さて、ここからの展開がコメディになる。
一時間もしないうちに彼女から再び電話がかかってきて、開口一番
「別海で酪農をする!」
「は?」
「住み込みのアルバイトを募集中してるのを見つけたから、そこで働く。荷物を預かって欲しいんだけど頼める?」
「は?」

一時間前に交際が終了した「元彼女」が、なにやら意味不明なことを言い出したのだが、こういう場合、どういう対応をするのが正しかったのだろうか?
1.無言で電話を切る
2.「ふざけるな!」と一括する
3.「あー……。分かった。実家の二階の押し入れが一つ空いてる」

おそらく最悪の選択肢である3が、僕の答えだった。復縁への期待? 彼女の荷物は着払いで我が家に到着した。
引っ越し代を出してと言われたのだったか、貸してと言われたのだったか、自ら出すと言ったのだったかもう忘れた。
ともかく、僕が負担したのは間違いない。30万円かかった記憶がある。

それから二週間もしないうちに、彼女の泣き言を受け入れて、今度は別海から逃げてきた本人が、荷物と同じ部屋に住むことになった。
父に頭を下げて了承して貰ったものの、この事象を親戚に納得させる言葉を僕は持たなかった。
やはりアパートを借りるべきだったのだと思う。

この2度目の引っ越しに十数万円かかった。引っ越しにそんなにお金がかかるものだろうか? とも思うのだが
記憶ではこの2回の引っ越しで、50万くらい失ったという記憶が残っている。
元々僕は金銭感覚がルーズで、定額貯金で自動的に貯蓄を作る以外は全て使ってしまう生活をしていたから、
この後に彼女を旅行に連れて行った時のお金も「引っ越しにまつわるお金」に計上されている疑いがあるのだけれど。

ともかく、意気揚々と出かけた別海(べつかい。北海道東部の酪農王国。牛の頭数が人口の四倍)で彼女は轟沈し、メンタルをより病んで僕の元に逃げ帰ってきた。
バカなのか? と突っ込みたくなる。それを唯々諾々と受け入れる僕は、多分それ以上のバカなのだけれど。
35: :2015/08/17(月) 17:19:09.97 ID:
彼女と半同棲を始めてから、何度か二人で北海道を旅行した。

彼女をして「二度と道東には生きたくない」と言わしめた別海の話をする。
別海町というのは酪農王国で、しばしばその近辺では「農業体験をしませんか?」というツアーを開催する。
その目的は、いわば嫁取りだ。田舎暮らしに憧れる女性を呼び寄せ、酪農を楽しく体験させて、地元青年団の男子と合コンさせる。
彼女はそういうツアー的な酪農体験の話をテレビか何かで見たのだと思う。

ところがどっこい、彼女が応募したのは「本格的な」酪農アルバイト募集だったらしい。実にバカなのかと思う。

傷心の彼女を慰めるために小樽の近く、余市町を訪れた。サクランボ狩りに出かけたのだ。
あらかじめ断っておくと、僕は車の運転がかなり下手である。クルマの知識も乏しかった。
父親の車を借りて出かけた帰りには、クルマを故障させてレッカーで運ばれることになった。

元々オイル漏れがあるクルマだったのだが、父が面倒くさがって整備に出していなかった。
父曰く「どうせ長距離を乗らないと思ったから」だそうな。
常時漏れていたオイルが規定量を大きく割ってしまい、クルマが動かなくなった。
サクランボ農園の人に頭を下げてオイルを譲って貰ったものの、どうやら今度は入れすぎたらしかった。

札幌の近くにたどり着く前に、エンジンが不調を訴えてボンネットから煙が上がった。
もはや何がどうなっているのかわからない。彼女は自動車免許を持っておらず、僕以上にクルマの知識はなかった。

結局、クルマはスクラップになった。僕は貯金をさらに崩して、父にクルマを弁償することになった。
これにまた60万円かかった。これ自体は彼女のせいではまったくないのだが。
36: :2015/08/17(月) 17:19:50.29 ID:
春から初夏にかけては穏やかな日々で、彼女の調子が比較的良かった時期だったと思う。
気分の良いときは近所を自転車で散策したりして、彼女は新しい暮らしを楽しみ始めた。
当時は自衛隊の営内服務規則が今よりもう少し緩やかで、独身寮住まいを義務づけられていた僕も
平日に外泊の許可を貰うことが出来ていた。
仕事を終えて自転車で実家に「外泊」して、朝にはまた駐屯地に「帰宅」した。

きたるべき結婚生活をシミュレートしているようだった。いずれ彼女が僕の子を産んで、いささか退屈かも知れないけれど
平穏でささやかな幸せを築いていくことになるのだろうかと思った。
その夢想は僕の心を温かくした。自衛隊の仕事を気に入っていたわけでなく、むしろ辞めたいと常々思っていたのだけれど、
彼女を養うためにはこの仕事を失うわけにはいかないのではないか。全てがこれで良かったのではないかと思った。

漠然とした将来の夢に備えるためにストイックに過ごした最初の2年間、少なくともその頃の僕は良き自衛官だったはずだ。
その気持ちを再び思いだして努力することは出来ないだろうか? 全てが有機的につながって、自分の人生が
「結局はこれで正解だった。全ては運命だった」と納得できる日が来るのではないか?
彼女と暮らす日々が僕の希望になるのではないか。そんなことも思っていたはずだ。

駐屯地から家に向かって自転車をこぎながら、僕は幸せだったと思う。
だがしかし、そんな殊勝な決意も、あんまり長くは続かなかった。
彼女は決して変わらなかった。
東京にいたときの主治医を失ったことを嘆きはじめた。新しい医者があわないと僕に文句を言った。

少なくとも別海行きは彼女自身の決断だったはずだが、北海道生活を誘ったのは僕だと責任を転嫁し始めた。
実家に住まわせていることを指して「私が誘拐されたと言い張ればあなたは犯罪者になる」などと言い出した。
大抵は、病気が言わせることだと思って受け流すことが出来たのだが、いくつかは僕に被弾した。
「公務員になりたかった。警官になりたかった。あなたは安定した仕事に就いていてずるい」と言われた。
もはや理屈も何も無い。実家に帰ることが苦痛で、しばしば帰らなくなった。
37: :2015/08/17(月) 17:20:33.81 ID:
彼女に自衛官採用試験を受験することを勧めたのは、単なる思いつきからだった。
半同棲を始めてから1年半が経過した頃のことだ。

「警官が駄目だったなら、自衛官を試してみればいいじゃない」
何が彼女の琴線に触れたのか、ずいぶん乗り気になりはじめた。まさか受かるとは思っていなかった。
学科試験については合格すると思っていたが、体力考査と面接で落ちるものだと思っていた。

目標を持った彼女は少し変わった。即応予備自衛官(自衛隊未経験者を対象とした予備役兵募集制度)
に合格して、訓練を受け始めた。
その成績は最悪で、教官が身元引受人である僕の元に電話をかけて相談してくる体たらくだった。
結局、即応予備自衛官は途中でリタイアした。
そんなこともあって、本職の採用試験も彼女はあきらめるものだと思っていた。

夏が過ぎて秋が過ぎて冬になり、どういうわけか彼女は採用試験に合格してしまった。
もちろん、精神疾患を患っていることは申告させなかった。無条件で不合格になるからだ。

半同棲していた二年近くの間に、僕は彼女との幸福な結婚生活を思い描くことが出来なくなっていた。
求められているのは、彼女を幸せにする決意ではなく、共に不幸になる覚悟だった。

マンガ「シグルイ」を気に入って、無邪気に物真似をしている彼女はかわいらしかった。
精神が安定しているときはチャーミングで、毒舌すらもいとおしく感じられた。

荒れ出すと手が付けられなかった。母親を殺したいという呪詛の言葉を5時間聞かされた。
「母親から愛されたい」という願いの裏返しだと思った。とても悲しくて可哀想だと思ったが
何をどうしてあげればよいのか分からなかった。
38: :2015/08/17(月) 17:21:34.36 ID:
体力が向上して自信を付け始めた彼女は、少しずつ変わり始めた気がする。
性的に旺盛になり、しばしば自分から求めてきた。というより、僕の方が求めなくなった。
精神的なDVを仕掛けてくる相手と、あまり積極的に肌を合わせたくなくなっていた。

どこで彼女と「別れたい」と明確に思ったのか、はっきりは覚えていない。
彼女が自衛官採用試験に合格したと聞いて「ああ、これで別れられる」と思ったことは覚えている。
疲れを自覚したいつかどこかで、僕は変調したのだと思う。

別れたい? そもそもあのとき「別れたい」と言い出したのは彼女の方で、その後も「ごめんなさい」とか「やりなおしたい」とか
「あれはなかったことにしてほしい」とか、一度も言われたことはなかった。
つまるところ、我々は今もって「復縁していない状態」ではないのか?

妹の子供、まだ物心も付いていない姪の悪口を言い始めるに至って、僕は初めて彼女に手を上げた。
39: :2015/08/17(月) 17:22:28.30 ID:
彼女に報復したい気持ちが起これば、もう躊躇することは無くなっていた。
「黙っていたけど、三ヶ月くらい前に風俗に行ってきた。それで性病をもらったかも知れない」
と冬のある日、彼女に言った。
彼女は何を言われているのか分からない、という顔をした。
それから、顔を歪めて静かに泣き出した。
「ごめん」
「なんのことに対するごめんなの?」
泣きながら、彼女は静かに尋ねた。
彼女が列車で人混みに酔って、降りた駅でたずねられた時のことをぼんやりと思い出していた。
(どうしてあなたが謝るの?)
「たぶん、もう愛していないから。それでごめん」

なぜこんなに自分が残酷になれるのか、自分でも分からなくなっていた。
とにかく彼女が僕のことを嫌って、新しい職場と新しい生活環境を得て、
それから新しい相手を見つければよいと思うようになっていた。
たぶん、もしかしたら、僕と一緒にいるより彼女を幸せにしてくれる相手が見つかるかも知れない。

例えばもっと若くて、例えばもっとイケメンで、例えばもっと優しくて、仕事が出来て。

自分の言葉が彼女の心をえぐった感触があった。彼女の境遇に同情して、いとおしいと思い、
守りたいと思ったときには触れても触れられない気がしたのに、
言葉の暴力で彼女を貫いたときには、なぜこうまでも確かな手応えがあるのだろう?

かつて結婚を夢見た女性が目の前でさめざめと泣いているのに、「皮肉だな」と思って困惑するだけだった。
自分の中で何かが壊れてしまって、それはもう二度と治らないのだと思った。
いつまでもお前のサンドバッグで居るつもりはない。振り回されるつもりもない。
40: :2015/08/17(月) 17:23:35.23 ID:
その年度末に彼女は僕の実家を出ていった。自衛隊に内緒で彼女が借りたアパートに荷物は送った。
「もう戻ってこないね」
と、彼女は静かに言った。
「うん。元気でね」
と僕は言った。そこに、彼女を愛したはずの僕はどこにも居なかった。
しおれた様子の彼女は少し美しかったけど、その美しさは僕の感情を何も揺さぶらなかった。
ただ、事実として美しいと言うだけの話だった。

最後に彼女が静かに言った。
「あなたは誰とも幸せになれないよ」
それは、そうだと認めざるを得なかった。
「そうだね。たぶんそうだと自分でも思う」
だから?

彼女の目にうつった僕は、どんな目をしていたのだろうか。
「これ、おとうさんに。お世話になったから」
そっと封筒を差し出したので、黙って受け取った。あとで父に聞いたら10万円が入っていたと言った。

後にも先にも、誰かに対してこんなに残酷な気分になったことは一度もない。
自分は概ね善良で、どちらかといえば人畜無害な生き物だと思い込んでいた。

彼女との関わりが自分を変えたのか、あるいは、もともとあった面を引き出しただけなのか。
彼女が僕に投げつけた言葉の暴力の数々は、あまり思い出したくもないし、書きたくもない。
あれは一種の甘えだったのだと思うし、僕はそれを許すべきだったのかも知れない。

おかしなことに、どこかで「また彼女は自分を頼って戻ってくるのではないか?」とも思っていた。
あるいはそれをどこかで期待していた節もある。
一方では、二度と戻ってきて欲しくないとも思っていたのだが。

心のどこかで彼女からの連絡を待って、あるいは怖れて、八年が経過した。
彼女が僕に残した呪詛の通り、僕は誰とも幸せになっていない。
自分が愛だと信じたものが、ああまで醒めて壊れることがあるのだとしたら、誰が僕の愛など信じることがあるだろうか?
僕にあるのは、せいぜいがとこ「親切心」くらいのものなのだろう。

今更答えが見つかったところで時を戻せるわけではないのだけれど、彼女が去ってしばらくして
ぐだぐだと一人で思い悩むことも良くあった。

僕にもう少し忍耐力があったら、彼女を受け入れられたかも知れない。
僕にもう少し決断力があったら、彼女を説得して結婚し、鈍い幸せを得られたかも知れない。
僕にもし真実の覚悟があったなら、共に不幸になれたのかもしれない。

だが全ては、もうすでに過去の話だ。彼女の居場所も連絡先も、今となってはもう分からない。
彼女が今何をしているのか、本気で気にかかることもない。

「母親を殺したい」と言って泣く彼女を抱き寄せて、あぐらの上に頭をのせて、
彼女に穏やかな眠りが訪れるように祈りながら、その柔らかい髪をなで、こめかみや耳をそっと押して
首筋や肩を何時間でも、眠れるまで揉んだりした感触も、もう良く思い出すことが出来ない。
41: :2015/08/17(月) 17:25:49.55 ID:
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終わり
43: :2015/08/17(月) 18:57:14.29 ID:
おっさんお疲れさんでした
表現し辛いが
人間不信みたいな
親切心が仇になった感じなんかな


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2015/08/21 23:01 | 未分類  TOP

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